第3回勉強会:井手氏(リズムデザイン 代表)

■2006.10.26 第3回勉強会
 発表者:リズムデザイン 井手 健一郎氏
 テーマ : 「ECOIST/エコイスト」

吉原: 第3回ビルストック研究会を始めさせて頂きます。
理事長を勤めさせて頂きます、吉原住宅部長吉原です。よろしくお願いいたします。
この会の趣旨としましては、福岡の古いビルを大事にして使いこなす分野に関係してある方に集まって頂いて、1年間情報を共有したうえで、福岡市民に向けて発表会や、座談会をし、古い建物を活かしていくというイメージを植えつけることで、福岡の町を支えていくことです。
 手元にある読売新聞をご覧ください。文章の最後のほうにビルストック研究会の名前がすでに掲載されていて、一応ここで産声を上げたかたちになっています。
 現状といたしましては、冷泉荘の一室をヒューマンアカデミーの学生に協力いただいて、リノベーションして事務局にする予定です。11月には形になっていると思いますので、昔のままの古い一室で話をしていきましょう。事務局の完成につきましては、この会にも参加していただいているヒューマンアカデミーインテリアデザイン専攻担任の山本先生に聞いてください。
 予算のないNPOなので、会費千円、年会費千円、合計二千円集めさせていただいてます。予算のある方は寄付をお願いいたします。
 では、第3回はリズムデザインの井手さんに『エコイスト』についてお話いただきます。

井手: リズムデザインの井手と申します。よろしくお願いします。
 私は南区大楠に事務所を構えて、建築設計を行っています。今回のテーマは『エコイスト』です。後程写真をお見せしますが、たまたま大川にて「エコ」をテーマにした家具のエキシビジョンを開催する機会がありまして、それからエコについて考えだしたのがきっかけとなっているのですが、新しい生産の在り方として家具を考えることと、建物をリノベーションしていくことは、同じ「エコ」という価値観で捉えることが出来ると考えています。
 自己紹介を兼ねて、今まで行ったリノベーション物件を紹介します。「リズムデザイン」名義でのデザイン活動は、2002年秋から大学や高校の同級生が集まって始まりました。そして、2004年の6月に事務所を構えたことから本格的な活動を始めました。
 【ASSADASOU】

 これが僕らの事務所です。あさだ荘といって、現在築51年くらいでもうぼろぼろの木造2階建てアパートなのですが、その一室を改装し事務所として利用しています。ここが事務所の入り口です。当初は1部屋たけを利用していたのですが、スタッフが新しく加わり、また、資材サンプル・カタログなどが増えたことから手狭になったため、たまたま空室だった隣のスペースを借り、オーナーに許可を頂いて界壁をぶち抜いて1続きの空間としました。今年のお盆休みを利用して知り合いみんなで塗装を行いました。この画像の奥が収納とスタッフのスペースです。

【WAKATSURU APARTMENT】
 もともと仕事があって独立したわけではなかったのですが、あさだ荘のオーナーの浅田さんから若鶴マンションのマンション部分の改装してみないかというお話をいただいて、それがはじめの仕事になりました。

 これが現状で、間取りは3DKです。限られた予算で賃貸マンションを改装するためには、収益から逆算してどれだけ金額を工事に投資することができるか考えなければなりません。

 これが完成した部屋の内部です。畳をはいでモルタルでならし、この部分(キッチン)は既存の床の痛んでいるところのみを補修し利用し、収納などはもとあったものを利用し、建具と仕上げリニューアルしました。
 計画する際に考えたのは、またリノベーションしなければない状況を作り出さないということ。そのためには、最低限の作りこみでニーズに答える必要がありました。部屋の間仕切りたくても、建具を設けるほど予算もなかったので、ワイヤーを張りカーテンをつける事にしました。そうすることで、間仕切って個室を作ったりすべてを開いて大きいワンルームとして利用することが出来ます。また、工事完成後一般の方々に向けて内覧会を行いました。その際、見に来た方々がこの部屋での生活をイメージし易くするため、家具を配置しました。今でも、入居待ちの方が何人かいらっしゃるようです。

【FUTURE ROUNGE】
 これは大名のフューチャーラウンジというイタリアの家具をメインに販売しているショップで、国体道路に位置したところにあり、専用の階段を上がっていくと、2階にギャラリーとショップがあります。オーナーさんは昔からお世話になっていた方で、殆ど自己資金での独立を考えていらっしゃったので、予算が限られていました。最初は店内とアプローチを変えようとしていたのですが、いろいろ準備していくと内装にかけられる予算の割合がへってしまい、中はオーナーさんたちが改装し、アプローチだけは私たちが担当することになりました。何かを作るお金もないので、作る(加える)ことをデザインするのではなくて、現在の雑多な現状をどう整理していくか、つまり引いていくこと(解体すること)自体をデザインととらえました。イメージは髪の毛を切る感じと同じです。
 私自身、真っ白が好きということではないのですが、店名が‘未来のラウンジ’なので、このアプローチが混沌とした街とのバッファーゾーン(緩衝地帯)となるよう、全てを漂白してしまうような状況を創り出しています。

 【LEONE】
 先輩が自分の店を構えることになり依頼された仕事です。場所はとあるマンションの1階です。マンション完成当初は会議室として使われていたスペースらしく、天井には吸音材、床にはカーペットが敷いてあります。ここをジュエリーデザイナーのアトリエ兼ショップに改装する計画でした。もともとの天井高は2.4M程度しかなく、このままショップにするには厳しい状況でした。これだけ大きなマンションの場合、その躯体を支えるために、1階の天井裏には大きな梁が設けられます。その梁を隠すように天井をフラットに仕上げるのですが、現地を確認に行った際に、天井に設置してあるダウンライトをはずして天井裏を見てみると、1.0Mくらいの高さがあり、驚きました。なので、この空間を使わない手は無いということで、アトリエとして利用する部分だけ、既存の天井仕上げを撤去することにしました。天井をはいでみると打ち放しのコンクリートになっていて、その仕上がりが思いのほかきれいだったのでそのまま残しました。

 これが完成した入り口部分です。

オーナーさんは、店舗の入り口ですし、ガラスにしたがっていたのですが、その予算が無いので、厚さ20~30cmのアクリルを取手として利用し、そこから店が開いているのかいないのか、その程度の区別がつくように配慮しました。アクリルから人が通る様子だとか、光が見えます。
 エントランスからの眺めです。ミーティングスペースから雑多な様子が見えないように、作業台を被うように壁で囲いました。作業スペースには昔から使ってある道具などがあり、天井は配線して照明をもうけています。電球変えるときは、後輩が来たときに肩車したりしているそうです。

【H&Co】
 クオリティーの高いフリーペーパーを作っている会社です。国体道路に面したビルにあった事務所を移さないといけないという依頼を、退去予定日の2週間前に受けました。計画から施工完了までの期間が2週間しかなかったため、とりあえず仕事が出来るような設備を整え、製作に時間がかかるものは、2・3期工事とすることにしました。また、移動先にずっと留まるのではなく、いい場所が見つかればまた移動するという期間限定事務所でした。それならば、固定的な内装工事にお金をかけるのはもったいないので、殆どの空間のしつらえを家具工事とし、次の移動先にも持っていけるように計画しました。グラフィック・出版の事務所なので、色見本や資料で雑多になるのを防ぐため、壁に設けた収納や直接みせないようにしています。
 また、雑誌のページネーション(構成)を練る作業のときに、すべてのページを並べて張って検討を行うため、大きな引戸の仕上げ材をスチールプレートとして、磁石を用いて重要な情報を掲示出来るようにしています。

 【WAKATSURU 306】
 若鶴マンションのリノベーションは5部屋が完了していますが、これは一番最近に完成したものです。現状は写真のとおり、狭いです。

玄関からキッチン、居間へと続きます。これも作りこみはせずに、キッチン部分は床を補修し、Pタイルとしています。ほかの部屋にはフローリングを張っているものもあるのですが、この部屋の床は201号室と同様にモルタル仕上げとしています。
 狭い部屋なので扉を閉めても暗くならないよう、扉の袖をガラスにしていています。

【Resolver/分解者】
 今回のテーマの『エコイスト』について話したいと思います。大川の方から何かしら「エコ」を表現した家具を作ってほしいとお話をいただいたのが始まりです。自分自身それまで「エコ」という課題にこれほどまで直面することがなかったので、いろいろ考えさせられました。
分解について
持続可能な産業構造を考える際に、私たちは『分解』という考えが重要だと考えています。現在の経済の仕組みを見てみると、「生産者→消費者」という2者しか存在していません。そこに「分解者」が存在することで、産業がうまく循環していくのではないかと。木を切って家具をつくりゴミとして終わらせるのではなく、またそれをリサイクルできる仕組みであったり、土に埋めると分解し、それが新たな森林を形成するための糧になるような状況をイメージしています。また、家具の売り上げの一部が新たに苗木を植えるための資金となるような産業構造を目指したいと考えました。
 今回家具に利用する材料は、国内で生産されている木材・自然素材100%のもの・生分解して土に帰る物・すでに市場でリサイクルする仕組みが出来上がっているもの、この4つを使いました。
展示スペースの入り口は、い草を生分解素材のスポンジのような素材に固定した仮設のものを並べました。実際に作った家具は、MDF(中密度繊維版)の天板と国産のなら材で足を作ったテーブルやその他イス、ソファーなどです。一般の家具は突板といって構造体の表面に仕上げ材として合板を貼付けるのですが、構造体だけでもいい家具はできます。張りぼての家具ではなくいかに最小限の材料で美しく作るかを考えました。
 ソファーの張り地にも、生分解できるもの(とうもろこしからできた繊維)を使用しています。生分解素材は開発されているのですが、業者の方だけではどう使っていいのか分らずに、実際製品化にはいたっていないのが現実です。そのような材料を積極的に利用し、素材・家具の新たな可能性を探ることも一つの目標でした。素人の方でもドライバー1本で組み立て可能な棚、シューズラック、ベッドなどもこういった考えで作りました。ベッドの床板には集製材やベニアが使われがちですが、ベニアは接着材が使われているため、土には還りません。今回は、その部分に『モイス』という吸湿・調湿・脱臭効果のある素材(内装工事でプラスターボードの変わりに壁の下地などに使われています)を使用しました。

 家具を開発する期間が2ヶ月しかなく、その完成度には期待出来ませんでした(実際に試作品が展示されました)。それでも私たちが考えた「分解」という思想をより多くの方々に楽しんでもらいたいと思っていました。一般に展示会というと、「デザイナー→閲覧者」の一方通行なコミュニケーションになりがちです。私たちが目指したのは、閲覧者がその展示することに参加できるような、そんな状況です。そこで、展示するスペースにも『分解』を表現すると同時に、壁にカラーMDF製の積み木を3000ピースほどはめ込んで、会場に訪れた方が自由に持って帰れるようにしたところ、子供たちが喜んでたくさん積み木を持って帰っていました。そうやって、だんだんピースが減っていくうちに『ECOIST』というメッセージがでてくる仕掛けをしました。「エコ」という思想自体が人間の「エゴ」だという言葉があります。突き詰めて考えてみると、リノベーションをしたり、環境にやさしいものづくりを考えることは、僕らが長生きしたかったり、青い空の下で暮らしたいという「エゴ」が発展して「エコ」になったのではないかと思っています。
 これから先、何も作らないのが一番いいことだと思うのですが、これだけ生産し消費し、便利な生活に慣れ親しんだ私たちが、まったくものを作らない禁欲的な生活を目指すのは無理なので、作るにしても分解とか、これから後にもつながるように考えた上で作っていけたらいいなと思っています。

 【SANNOU APARTMENT】
  山王公園の近くにあるマンション(築32年)を改修することになりました。エントランスも無く、1階部分はテナント、2~6階部分は賃貸の住居のビルです。オーナーさんはこのビルをリノベーションした方がいいのか、新築したほうがいいのか迷ってあって、リノベーションはしたいのだけど、リノベーションしたところでこのビルがどのように変わるかがまったく想像がつかないとおっしゃっていました。

 そこで、まずはエントランスホールや階段を新たに加えた外観と部屋の中の簡単なスケッチをお見せました。また、この建物をリノベーションした場合と、新たに新築した場合との金額を比較し、オーナーさんにお見せました。そこで、新築する場合にかかる金額のおおよそ60%程度でリノベート出来ることが解り、しかも、私たちの提出したイメージに共感頂き、リノベーションを行うことになりました。
 はじめに耐震診断を行うことからはじめ、プランを練っていきました。建物の耐震性能をあげるために壁を抜き建物を軽量化し、各部屋を広くし、また、各階で壁の抜き方に変化をつけることで、さまざまなサイズの部屋を作る案を考えました。入居者の方には山王地区にあるオーナーさんの別の持ち物件に移動していただき、1階のテナントは入ったまま工事を行う予定です。

 最終的にできたプランは、2.3階が当初の大きさのままフロア(1フロア7室、計14+1部屋)、4.5階は当初の3室を2室に改装したフロア(1フロア4部屋、計8部屋)、6階は当初の2室を1室にしたフロア(1フロア3部屋、計3部屋)、その他に、メゾネットの部屋を1つ加えた計27部屋のプランができました。

 また、マンションは一般的に20年おきに配管のリニューアルを繰り返すといわれています。そこで、次回以降の設備をリニューアルを容易にするために、パイプスペースを部屋の外に出す必要がありました。救われたことに、このマンションは廊下が1850mm(通常1200mmほど)と広かったので、廊下にパイプスペースを持ってきています。
 もしこのオーナーさんが収益だけを考えていたなら、きっとすべてを壊して建てかえていたはずです。けれど、オーナーさんには残せるものは残そうだとか、使えるものは使おうという意識の高い考えがあったからこそこのプランが実現したのだと思います。
 長くなりましたが、ご聴講ありがとうございました。


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